薄地蔵
前回、立山町池田城山麓で見つけた石から連想した石塔があると書きましたが、それは写真のものです。
現在はお堂の中に入ってしまっているので、このように見ることはできませんが、写真は16年前調査時のものです。
上に阿弥陀三尊(胎蔵界)の梵字種子、中央に「三界万霊平等利益」、その左右に僧や信者など38人の名があり、写真では見えませんが、左側面に願主と弘治4年(1558)の造立年、右側面に導師とみられる僧名があります。
いわゆる三界万霊塔とよばれる石塔です。
僧のうち数人は浄土真宗の僧侶ですが、導師は華厳宗の僧侶らしく、宗派を越えた集まり(結集や講中)によって建てられたもののようです。
上杉謙信が越中を攻め、ココ新庄の尻垂坂での戦いで亡くなった兵を慰霊して建てたという言い伝えがあるのですが、それより14年前に建てられたものです。
詳しくは『大境』第27号(富山考古学会)をご覧ください。
池田城の石は今後詳しく調べる予定ですが、文字があったらいいなあ。
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