出張石工の話 その7

常願寺川から神通峡に移転した浅吉は、途中の船峅地区寺家にある真言宗帝龍寺(たいりゅうじ)様の宝篋印塔を製作しました。

安政5年(1858)の作で、猪谷石(砂岩)製なので、移転後に製作したものです。塔の様式は、祥雲(しょううん めでたい雲)文・波涛(はとう 波)文・草花文などを用い、常願寺川石工の伝統的様式を踏襲しています。


下の写真は菖蒲(しょうぶ)を横においたもの。これを花熨斗(のし)にしたものが月岡龍高寺様の宝篋印塔にあります。親方一歩前の甚右衛門が作った塔で、これを見習ったと思います。対面の菊花も良い出来です。

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