出張石工の話 その1

石工は、町や石の産地付近に工房を設けて石造物を製作しました。工房のある所の町名・村名をつけて識別していました。

常願寺川石工のうち、馬瀬口村中川甚右衛門の石仏などは、人気がありましたので、工房から遠く離れた地域(高岡など)にも存在します。これらは、馬瀬口村で造り、荷馬車などで運搬したものです。石材は常願寺川の安山岩を使いました。

これ以外に、工房から離れた地に出向き、その付近で産出する石で作った石造物があります。つまり、馬瀬口村の工房で造って運んだのではなく、石工自身が離れた受注地に出向き、泊まり込んで作ったことになります。

このように、置く場所に出向いて現地の石で製作することを「出張製作」と呼ぶことにします。長野高遠の石工は、国内広くに出張したので旅石工とも呼ばれましたが、越中富山の石工は遠くて20キロ程でしょうか。とはいえ、飛騨神岡まで行っています。

詳しくは次回以降に!

写真は神通峡(町長付近から飛騨方向を撮影)

富山石文化研究所ブログ

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